Gary Williams © California Academy of Sciences
Rich Mooi © California Academy of Sciences
音楽祭の会場となったバタンガス州サン・フアンのライヤ・ビーチは、ルソン島とミンドロ島の間の海峡であるベルデ島水路に面している。世界で最も多いサンゴ礁と海洋生物の種が生息するベルデ島水路は、「海洋生物多様性の中心の中心」 (the Center of the Center of Marine Shorefish Biodiversity) と呼ばれており、いくつもの絶滅危惧種や5千万年前から変わらない姿で生きているような化石種が見つかっている。そのような世界的にも貴重な海洋環境が、急速な開発によって深刻な環境汚染の危機にさらされている。しかも当時、地域で新たに金鉱開発の調査が開始されていたものの、地元の人たちにはその計画が全く知らされていなかったことが明らかになり、住民たちによる抗議活動が始まっていた。そこに関わる全ての人々が対話に参加し、開発の影響を検証し、持続可能な運営・管理方法を見つけなければ、取り返しのつかないほどに土地と海の環境が破壊され、つまりは、そこに住む人々の生活も、数百年、数千年にわたって破壊されてしまうかもしれない。
サン・フアンの山側には、入植者たちによってキリスト教化される前の原形をかろうじてとどめるスブリという芸能が残っており、その歌と踊りを継承する高齢者たちと出会う機会があった。ずっとずっと昔は、巫女たちが甲高い声で歌ながら聖なる木の周りを踊っていた儀式が、その芸能の始まりだという。サン・フアンの海側にある高校の演劇部の生徒たちと一緒に、そのおじいさんやおばあさんたちを何度も訪ね、芸能について教わりながら、海のことについて、山のことについて話し合った。
ちょうどその頃、「傷ついたサンゴ礁の沈黙の中では、魚の赤ちゃんは迷子になる」という科学論文が発表された。健康なサンゴ礁は大変賑やかで、そこには豊かなサウンドスケープが広がっているが、サンゴ礁が一旦死んでしまうと音が全くなくなってしまう。魚たちは普段、複雑なサウンドスケープを頼りに情報を得て海中をナビゲートしているので、傷ついた無音のサンゴ礁の中で魚の卵が孵化しても、どこに行けば良いのかわからず、迷子になってすぐに死んでしまうというのだ。金鉱開発で水銀を海に垂れ流し、サンゴ礁を殺してしまった時に、魚の赤ちゃんが迷子になるというのなら、人間も確実に迷子になってしまうであろう。
公演当日、フェスティバルのために世界中から来場した観客たちと一緒に、目の前にある海の中のサウンドスケープを想像し、それを海に向かって歌う儀式を執り行った。はじめに、高校生たちが来場した人々にベルデ島水路についてのオリエンテーションを行い、例えばどのような絶滅危惧種が海中に住んでいるのかを紹介する。そして、みんなで海に近づいていき、儀式が始まる。まずはスブリの歌い手たちと高校生たちが海に向かって歌う。その後、観客一人一人が海の中の生物になりきって声を重ねていく。様々な種類のサンゴや、大ハマグリ、ジャイアント・グルーパー、ウミガメから、クジラまで、色々な生き物がいる。小さな声の生き物もいれば、大きな声の生き物もいる。一時的にそこに生まれた共同体が想像する海中のサウンドスケープを、海に向かって演奏し、高校生たちが作った詩が歌われる。周りでは鳥たちもそのサウンドスケープに参加し、海の向こうには嵐と虹が見えた。
Iba-ibang nilalang
Sa lupa, hangin at dagat
Sama-samang nabuhay
Noo’y saganang wagas
Ngayo’y nanganganib na
Paano na ang bukas?
O Bathalang lumikha
Patawad aming samo
Sa kalapastanganan
Dinggin ang aming dasal
Mabago aming asal
Para sa bagong mundo
ありとあらゆる生き物たちが
陸で空で海の中で
一緒に生きている
あふれていた命は今
危機にさらされ
明日どうなるのかもわからない
おお創造の神よ
どうかお許しください
わたしたちの不敬を
より良い世界のために
生き方を改められるよう
わたしたちの祈りをお聞きください
© Tomoko Momiyama